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何時からだろうか、ふと考えると何かが欠けてるような気がした。
昔からそれといって欲しい物など自分にはなかった。無駄な物など必要ない。だから一人暮らしの自分の部屋には必要最低限の物しか置いていない。前に友人が遊びに来た(というより押しかけてきた)ときに、塒とまで言われたほどだ。かといって、一度も不便に思ったことはない。生きていくのに必要な物以外の物など。それは、節約とかケチとかの類とは別のものなのだろう。「欠けている」と感じるのは、欲しいと感じるのとほぼ同じだ。自分以外の誰かがある物を持っていて、自分はそれを持っていないとする。そしてそれを欲しいと思う。この時点で、そのある物を自分に欠けている物と認識している。つまり同時に起こる訳で、片方だけが起こるということはない。表裏一体である。したがって自分は何かを欲しがっている。自分が無意識に欲しいと思っている物。それは無駄な物ではないのだろうか。ならそれは何なのだろう。
『朝…か』耳元で目覚まし時計が鳴っている。いつも通りに殴りつける。お陰であちこち凹んでしまっているが気にしない。重い身体を無理矢理起こす。身体が悲鳴をあげている。まるで眠った気がしない。顔を洗いに洗面所に向かう。バシャバシャ、バシャ、ズキン。水が染みた。『あっ、また。今日は無いとおもったんだけどな』鏡に写った顔の右の頬に2センチ程の傷があった。傷は殆ど塞がっている。あまり深くはないらしい。ここのところ朝起きる度に新たな傷が出来ている。昨日は肘、一昨日は手の甲に浅い傷が出来ていた。どれも全く身に覚えが無い。洗面所をあとにし、台所に向かう。足元に時計が転がっていた。ざっと8m。記録更新だ。時計の短針は7と8の間を指している。まだかなり余裕がある。ベーコンエッグにトーストという簡単な食事を取る。流石に2年も自炊していると3分で作れるようになる。食べ終わったら食洗機にポンッ……等とはいかない訳で、スポンジに洗剤を数滴垂らして皿とコップを洗う。これにて朝の家事終了。時計を見る。8時5分。素早く着替えて家を出る。
小走りで学校に向かう。学校までは徒歩20分の道のりだ。今日はちょっとギリギリ(というか毎日なのだが)になってしまった。11年前、両親が事故で他界した。その時の事は良く覚えていない。どんな事故だったのか、ましてや両親の顔さえ覚えていない始末だ。当時6歳だった自分は、身寄りも無かった為に孤児院に預けられた。聞いた話によると、両親はいわゆる駆け落ちをしたらしい。今更ながら考えてみれば、祖父母というものに会ったことがなかったのはその為だったのだろう。別に会いたいとも思わなかったから良いのだが。そして高校生になり、両親の遺産を元手に自立し、今に至る。振り返ってみれば、何て特盛な11年間だったんだろうと我ながら呆れてしまう。程なくして学校に着いた。8時26分。教室は2階なので間に合うだろう。
今日もいつもと同じ。何の変哲もない時間が終わった。「武儀!帰りゲーセン寄ってかねぇ」『悪いね、今日は鶏のモモ肉の特売があるんだ』「お前は主夫か。まぁ大変だろうけどさ、たまには息抜きもしないと駄目だぜ」などと言って、こちらに向かい敬礼をしてくる。まぁ向かうところは戦場に相違ないが…。女子がクスクス笑っている。これもいつものことだからもう慣れた。急いで宮代商店街の肉屋に向かう。
ピピーッ!!
突然けたたましい音が響いた。商店街の手前の路地裏の入口に人だかりが出来ている。見ると、手前に警察官が、奥にブルーシートが張られている。『何かあったんですか』近くにいた典型的な野次馬と思われるおばさんに聞いてみた。「殺人事件よ。なんでも頭が潰されちゃってるらしいわよ」『頭を……、恐いですね』「それも手で押し潰したみたいだっていうのよ」『手…?』「そう、手で。でも人間じゃ無理よねぇ」アレっ変だな。何か忘れてる気がする。砕けた骨。飛び散った血、肉。肉…?あっそうだ…。モモ肉。きっとそれだ。『すいません、用事思い出したんで。ありがとうございました』そう言ってその場を立ち去った。何故か分からないけど、これ以上此処にいてはいけない気がした。まだ頭の中にモヤモヤがあったから。きっと戻れなくなる。〔もう遅い。〕ふとそんな言葉が聞こえた気がした。
何とか最後の1パックを手に入れた。数秒の差で取り逃したおばさんに凄い顔で睨まれたが。遅いのが悪いのだ。タイムサービスに赴く度に弱肉強食という言葉を嫌というほど思い知らされる。今度の戦においては自分は強者にあたるのだが、いつ何時弱者になるかは分からない。今週の取組:白4黒1。タイムサービスはたいてい平日に行われるので最大数は5である。今週は見事な勝ち越しだ。しかしながらいつも勝ち越せるという訳ではない。現実はと〜っても厳しいのだ。うん。流石に黒5を味わったことはないが。まぁ黒5を出したが最後、我が家というか俺の家計が傾く。
帰りは遠回りをした。さっきの場所を通りたくなかった。通った瞬間に自分という存在が崩れ落ちる気がした。このセカイは脆い。そもそもセカイは概念的なモノであり、その中核は個人という人間の集合で成り立っている。個人の崩壊など容易に起こる。怒り、恐れ、憎しみ、嫉妬、それら全てが崩壊という結果の要因となり進行を促進する。ソンナモノで創られたセカイなど丈夫なはずがない。ジブンもこの世界を構成する要素の一つ。自身の存在を認めたが最後、逃れようのない滅亡に追い回される。それが早いか遅いかは、自らの選択次第。