02

『……!?』
目に映るのは自分の部屋。
右腕を見る。ただの人間の腕。
『ユメ…か……。』
目が覚めたことを心から嬉しく思う。しかし、なんて夢を見たんだろう。あんなに生々しく、残酷で、まるで現実に起こったような夢は二度と見たくない。
気分を晴らす為に、顔を洗いに行った。洗面所に入る時、鏡に映った右眼が緑色に見えたのは気のせいだろうか。

「キーンコーンカーンコーン」授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。学級委員が号令を掛け、教師が立ち去っていく。4時間目の授業が終わった。今日は水曜日なので、ホームルームが終われば放課後だ。
担任が入ってきた。たいした連絡もなく、5分程で終わった。学級委員が号令を掛ける。これで晴れて自由の身だ。さあ、早く家に帰ろう。
「武儀、話があるから職員室まで来なさい」声の主は担任だ。
〔何故邪魔をする〕頭の隅でそんなことを思った。
職員室に着くと、隣にある生徒指導室に入るように促された。俺が何をした。生徒指導室はプライバシーを守る為に防音になっている。冷暖房も完備されており、長時間の取調べも可能だ。学食に行けばカツ丼もある。実際に受けたことのあるやつが何人かいるらしい。
椅子に座るなり担任に言われた。
「武儀、お前最近夜の町で遊んでるだろ」
はっ、何を言っているんだ。
『いいえ、そんなことしてませんよ』
「近所の人から連絡がきてるんだ。夜遅くに出掛けるのを見たって。それでもしてないっていうのか」
そんなことはしてない……知らない……解らない……
「黙ってないで何とか言ったらどうなんだ」
〔……黙れ……何をしようが人の勝手だろ……邪魔をするなよ……〕
『シテ…ナイ』
「嘘をつくな。正直に話せば処分を軽く…」
『ダマ…レ、ダマレヨ』〔…それでいい…〕
「何だと。」
『オマエ、ジャマダヨ』
「いい加減にしろ」担任が殴ってきた。しかし、彼が殴ろうとしたその瞬間、彼の身体は宙に浮いていた。

〔……黙らせようか、なぁ叉來……〕

「えっ…」それが彼の最期の言葉だった。
グシャッ…。
鈍い音がした。手に生暖かいモノが付いている。何が起こったんだろう。目を開けてみる。辺りにはトマトケチャップが自分の右手を中心にして、放射状に飛び散っている。嗅ぐだけで吐き気のする臭い。真横には彼だった物が転がっている。
『なんだ…これ』
周りを見渡す。案の定誰もいない。
『俺…が』
早くここから逃げ出したい。なのに足が動いてくれない。異常なまでに息が荒くなる。部屋に充満する体液の臭いに酔っているかのように頭がクラクラする。部屋の隅に掛けられた鏡に満面の笑みを浮かべた男が映っている。左手で頬を触った。男は右手で頬を触った。なんでこんな状況なのに笑ってるんだ。全然楽しくなんかないのに。
〔嘘つけ。こんなに楽しくて気持ち良いことなんて他にないだろ〕
『早く逃げなきゃ…』
腕だけで這いながらドアに向かう。誰かに見られたら終わりだ。
どうにかドアまで辿り着いた。ドアノブに掴まりながら、やっとのことで立ち上がる。自分の後ろにはあの光景が広がっている。
二度と見たくない。
ドアを少し開けて、外に人が居ないか確認する。幸運にも人気はない。
教室に人目を避けるようにして荷物を取りに戻った。
『早く……早く』
その後家に着くまで走り続けた。